日本人における失明原因の4位である加齢黄斑変性。加齢黄斑変性は、加齢にともない網膜色素上皮下に老廃物が蓄積して、黄斑部の異常によって起こります。
今日は横浜市立大学の客員教授で、加齢黄斑変性を専門に研究されている柳靖雄先生にお話を伺いました。柳先生は、医師が選ぶ名医「The Best Doctors in Japan」に2020-2021、2021-2022、2022-2023と連続して選出されています。
お話を聞いたのは
柳靖雄先生 プロフィール |
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専門は黄斑疾患。シンガポールをはじめとした国際的な活動に加え、都内のお花茶屋眼科での勤務やDeepEyeVision株式会社の取締役を務めるなど、マルチに活躍しています。また、基礎医学の学術的バックグラウンドを持ち、医療経済研究、創薬、国際共同臨床研究などを行っています。 |
■医師を志した理由は何でしょうか?
もともと読書好きで心理学に関する本を読み漁っていました。高校時代に、心理学における脳の働きを科学的に見たらどう考えられるのだろうと思い、大脳生理学の本を勉強するようになったんです。そこから大脳生理学に興味が湧くようになり、ちゃんと研究をしたいと考えていました。
勉強を進めていくと、中枢神経系の情報処理の仕組みが目の中にあることを知り、目の研究も面白いなと思って医学部での研究を目指しました。
■眼科を専攻した理由
専門を選ぶにあたっては、眼科以外にも感覚器で他にも悩みましたね。耳鼻科とか、そういったところにも興味を持ったんですけれども、後は放射線科なんかにも結構興味がありましたね。
眼科に興味を持ったのは、手術で患者さんが良くなるっていうのをこの目で見て実感したからですね。QOLがものすごく良くなると。
白内障の手術は、唯一高齢者が若返りを得ることのできる手術だと思っています。患者さんもとても喜ばれるし、手術が本当に本人のためになっているんだなぁと感じ、最終的に眼科に専門を決めました。
■大学卒業後はどのようなご経験を積まれたのでしょうか?
私は、東京大学医学部を1995年に卒業しているのですが、2001年には同大学医学系大学院外科学専攻眼科学教室を修了しました。その後、2004年に同大学医学部の文部教官助手になり、2012年からは同大学医学部講師として働いていました。
私の専門は加齢黄斑変性なのですが、かつては現在ほど黄斑疾患の診療を専門とする医師も多くなく、治療の選択肢も限られていました。そこで2015年からシンガポール国立眼科センターでシニアクリニシャンとして臨床と研究に従事することにしました。また、国立国際医療センター研究所細胞組織再生医学研究部研究員、自治医科大学眼科学講座非常勤講師としても活動していました。
2018年から旭川医科大学の眼科学講座教授として勤務した後、2020年からは横浜市立大学の客員教授を務めています。また、同じ2020年からお花茶屋眼科というクリニックで診療担当院長として診察をしています。
■加齢黄斑変性と診断された場合、どのような治療が行われるのでしょうか?
加齢黄斑変性の原因となる脈絡膜新生血管は、病的近視(失明にもつながりかねない合併症が起きやすい近視)の方の5~10%に起こるもので、眼底で出血やむくみを生じる病気です。脈絡膜新生血管になると、視野が暗くなったり、ものがゆがんで見えるようになってしまいます。
VEGF = 血管内皮増殖因子というたんぱく質によって成長が促進されるので、眼底検査の結果、滲出型の加齢黄斑変性と診断された場合には、一般的にはこの原因物質であるVEGFを抑える、抗VEGF薬の眼内注射を行います。
治療のスケジュールは病状によって異なるので一概には言えないのですが、一般的には、はじめ3回もしくは4回毎月連続で注射を打ち、その後は必要に応じて注射をするか、計画的に投与間隔を決めて注射をしていきます。
ただ、完全に治療することができないので、長期にわたって注射を継続する必要が出てくるケースもあります。
■先生が診療の際に心がけているポイントは?
先ほどの治療の説明で紹介した抗VEGF薬は比較的高い薬になります。抗VEGF薬の薬価は7万6772円から16万3894円で、患者さんの負担は1割から3割で変わります。実際には、多くの患者さんが自己負担限度額を超えた分が払い戻される、高額療養費制度の対象になるため、1万8000円/回の自己負担額となります。そのため、私は実際に患者の方にどの程度の費用対効果があるのかという医療経済の視点も大事にしています。
費用対効果については、患者のQOL=Quality of lifeの変化から導かれた質調整生存年(QALY = Quality-Adjusted Life Year)を使います。これは費用効用分析や増分費用効果比の評価指標として国際的に用いられているものです。治療にかかった費用の総額を質調整生存年で割ると、1年間健康寿命を伸ばすためにいくらかかるかがわかります。日本だと、1年間健康寿命を延ばすのに500万円なら許容できるだろうという研究結果があるので、そこと比較していきます。
こうした費用対効果を見ていく過程で、私たちの研究チームが実際に調査してみると、軽度の視力低下でも、大腿骨骨折や全身疾患と同程度のQOLの低下をきたし、重度の視力低下になると、エイズや心筋梗塞に匹敵するレベルでQOLが下がることがわかりました。この点については私も衝撃を受けまして、他の眼科医にも伝えたいと思いました。
1回1万8000円の薬というのは決して安くはないですが、それによって得られるQOLの向上は想像以上のものだと考えています。医師ではありますが、この費用対効果という視点は忘れないようにしたいですね。
■今後の展望と加齢黄斑変性の患者さんへのメッセージ
現時点では取り組めてはいませんが、将来、システムバイオロジーで加齢黄斑変性の病態を解明したいと思っています。システムバイオロジーとは、生物学をデータ解析、数学、統計学、コンピューターサイエンスなど多様な分野のアプローチを組み合わせて行う科学の手法のことです。
細かい病態が明らかになれば、加齢黄斑変性が発症する前に、早期発見や予防ができる可能性があります。特に、滲出型の加齢黄斑変性は治癒しないため、発症のメカニズムから明らかにして、予防ができるようになればと思います。
加齢黄斑変性は、ルテインなどのサプリメントによる予防効果が認められているので、適切なタイミングで開始することで予防ができるようになる可能性があります。
現在は、取り組んでいる新しい治療法や医療経済の研究によって、目の疾患が発症する間に治したいと考えています。さらに、目のケアをすることで、患者の皆さんの健康寿命を最大化することにもチャレンジしていきたいですね。
(執筆:株式会社メディコレ編集部)