三原綱木さんが逝去、80歳 「ジャッキー吉川とブルーコメッツ」で活躍 死因の腎臓がんとは

2026/09/15更新

三木綱木 逝去
「ジャッキー吉川とブルーコメッツ」のギタリストとして活躍し、NHK紅白歌合戦などでも長年にわたり指揮や編曲を手がけた 三原綱木さんが逝去されたことが明らかになりました。享年80歳でした。所属事務所によると、死因は腎臓がんだったといいます。 本記事では、三原綱木さんの歩みを振り返るとともに、死因として発表された腎臓がんについて一般的な情報を解説します。なお、本記事には医師の監修はありません。

三原綱木さん逝去 所属事務所が発表

所属事務所の発表によると、三原綱木さんは病気療養中だったところ、2026年9月11日午前9時2分に腎臓がんのため亡くなりました。享年80歳でした。

また、葬儀は故人の遺志により家族葬として執り行われたことが報告されています。事務所は後日、お別れの会の開催を予定していることも明らかにしました。

報道によると、三原綱木さんは2026年春頃に腎臓がんが見つかり、その後入院して療養を続けていたとされています。

三原綱木さんの略歴

グループサウンズ黄金期を支えたギタリスト

三原綱木さんは1945年11月3日生まれです。少年時代からギターに親しみ、高校時代にはジャズバンドで活動していました。

その後、バンド「ファイヤーボール」で活動し、1960年代に「ジャッキー吉川とブルーコメッツ」へ加入。ギタリスト兼ボーカリストとして人気を集めました。グループサウンズブームを代表するバンドのメンバーとして、多くの音楽ファンに親しまれました。

音楽監督や編曲家としても活躍

ブルーコメッツを離れた後も音楽活動を続け、夫婦デュオ「綱木&みどり」として活動したほか、歌手・郷ひろみさんのバックバンド「綱木バンド」を結成しました。

さらに、NHKの「歌謡コンサート」や「紅白歌合戦」などで指揮や編曲を担当し、日本の音楽番組を支える存在として長年活躍しました。1980年代にはビッグバンド「三原綱木とザ・ニューブリード」のバンドマスターとしても知られています。

2001年のブルーコメッツ再結成後には再びメンバーとして参加し、晩年まで精力的に音楽活動を続けていました。

死因として発表された腎臓がんとは

腎臓がんの概要

腎臓がんは、腎臓に発生する悪性腫瘍の総称で、成人にみられる腎臓のがんの多くは「腎細胞がん」と呼ばれるタイプです。

腎臓は血液をろ過して尿を作る働きを担う臓器で、左右の腰のあたりに位置しています。腎臓がんは比較的高齢者に多くみられ、健康診断や他の病気の検査時に偶然見つかるケースもあります。

腎臓がんでみられる主な症状

腎臓がんは初期の段階では自覚症状がないことも少なくありません。

一般的には次のような症状がみられることがあります。

  • 血尿
  • 腰や背中の痛み
  • 腹部のしこり
  • 発熱
  • 倦怠感
  • 体重減少

ただし、これらの症状があるからといって必ずしも腎臓がんとは限りません。また、症状がないまま経過する場合もあります。

体調変化を感じた際は医療機関へ相談を

腎臓がんをはじめ、多くの病気は早期には目立った症状が現れないことがあります。

血尿や長引く体調不良など気になる症状がある場合には、自己判断せず医療機関へ相談することが大切です。また、定期的な健康診断を受けることも健康管理の一助となります。

なお、治療内容や予後は病気の進行状況や患者の状態によって異なるため、一概に論じることはできません。

日本の音楽界に足跡を残した三原綱木さん

三原綱木さんはギタリストとしてだけでなく、指揮者、編曲家、バンドマスターとしても活躍し、日本の音楽界の発展に大きく貢献しました。

グループサウンズ全盛期から現代まで第一線で活動を続け、多くのアーティストや音楽ファンに影響を与えた功績は今後も語り継がれていくことでしょう。ご冥福をお祈りいたします。


参考情報

国立がん研究センター がん情報サービス

日本泌尿器科学会

この記事の著者

【医療機関の情報について】

  • 掲載している情報は、株式会社マイナビおよび株式会社ウェルネスが独自に収集したものです。正確な情報に努めておりますが、内容を完全に保証するものではありません。
  • 実際に検索された医療機関で受診を希望される場合は、必ず医療機関に確認していただくことをお勧めします。
  • 当サービスによって生じた損害について、株式会社マイナビ及び株式会社ウェルネスではその賠償の責任を一切負わないものとします。
  • 情報の誤りを発見された方は掲載情報の修正依頼フォームからご連絡をいただければ幸いです。